「有って有る者」
出エジプト記3章1~15節
(1)モーセに顕れた主。
神さまはモーセが80歳になった時に、モーセをエジプトからイスラエルの民を導き出す指導者として選ばれました。
モーセは生まれたユダヤ人の男の子を殺さなければならないというパロの命令が出された時に生まれました。そこでモーセの両親は助けるためにモーセをナイル川に流しました。パロの娘がモーセを拾い上げて王族の一員として育てられることになりました。しかしモーセは40歳ぐらいになった時に同胞であるへブル人がエジプト人から打たれているのを見て助けようとしてエジプト人を殺してしまいます。そこでモーセはパロから逃れてミデヤンの地に行きます。その後40年間、異邦の地で結婚し羊飼いとして生活をします。けれども神さまはそのモーセを覚えておられたのです。
(2)共にいる。
「モーセは神に言った、「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」」(11)。
モーセは若い時には自分の力でイスラエルの民を救おうとしていましたが、異邦の地での生活を経て、衰えを覚えていく中で神さまにより頼むように変えられていきました。神さまは、そのモーセを民を導く者として用いられ、「共にいる」(12)と約束されました。
(3)有って有る者。
モーセはイスラエルの民を導くために神さまの名を尋ねました。
「神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」」(14)。
神さまはご自身のことを「有って有る者」と紹介されています。神さまは、どのような時でもどのような所でも「有って」くださる方なのです。神さまは、私たちの主となって、どこまでも共にいてくださるのです。
私たちもモーセのように自分ではなく共にいてくださる主によって歩むものでありたいと願います。