「神に聞き従う者」
使徒行伝4章13~31節
(1)無学なただの人。
ペテロとヨハネの説教を聞いて大祭司たちは驚きました。ペテロとヨハネが「無学な」、律法を専門的に学んでいない、「ただの人」、ギリシャ哲学などの教養のない人にもかかわらず、み言葉(詩篇118:22)に基づいて主イエスの復活を大胆に説き明かしていたからです。ペテロとヨハネは聖霊に導かれてこのように語ることが出来たのです。
ここで大祭司たちがペテロとヨハネを「イエスと共にいた者であることを認め」と記されています。聖霊はイエス様を思い起こさせ、示してくださる方なのです。
(2)神に聞き従う者。
大祭司たちは人々を気にしてイエス様を伝えることだけを止めさせようとしました。彼らは神様に仕える者にもかかわらず、人の歓心を買うことを第一としていたのです。しかしペテロとヨハネは「神に聞き従うよりも、あなたがたに聞き従う方が、神の前に正しいかどうか、判断してもらいたい」(19)と述べました。ペテロとヨハネにとって「神の前に正しい」ことが何よりも大切であったのです。
今日の私たちも、人に喜ばれるためにしているのか、神様に喜ばれるためにしているかが問われています(ガラテヤ1:10)。
(3)み言葉と祈り。
キリストに逆らう者が起こってきていることをペテロとヨハネが弟子たちに報告しています。私たちは苦しみや悩みを一人で抱え込んでしまう傾向があります。けれどもペテロやヨハネがしたように分かち合うことによって自分だけが特別に苦しんでいると孤独に陥らずにすみます。そして何よりも弟子たちが詩篇2:1〜2のみ言葉を通して祈っている(24〜31)ように、み言葉を聞いて、主にゆだねて祈ることが大切なのです。神様は、み言葉に聞き従って祈る者に応えてくださる方なのです。 「彼らが祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言を語り出した」(31)。