鳥取信和教会
「カナの婚礼」
ヨハネによる福音書2章1〜11節

(1)カナの婚礼
 イエス様は、カナで行われた婚礼に出席していました。新郎新婦のどちらかが、母であるマリヤの親族だったので婚礼に招かれたのだと思います。この当時の婚礼は一週間ぐらい行われていました。その最中にぶどう酒がなくなったと記されています。ぶどう酒がなくなることは婚礼を台無しにするものでした。そこでマリヤはイエス様にそのことを告げました。

(2)わたしの時
 「イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」」(4)。
 これは母であるマリヤに対する言葉としては冷淡に感じるものです。この言葉の意味を汲み取るために「わたしの時」に目を留めて見る必要があります。「わたしの時」とは神様から与えられた栄光を顕す時を意味し、イエス様が十字架にかかられる時のことです。つまりイエス様が、救い主としてのみ業を始められたことを示しているのです。そのことを知ったマリヤは、親子の関係で頼みを聞いてもらえると思うのではなく、救い主としてのイエス様が解決を与えて下さると信じて、僕たちにイエス様の言うことを何でも聞くように頼みました(5)。

(3)水くむ僕。
 そこでイエス様は僕たちに大きな水がめいっぱいに水をくむように命じました。僕たちは意味が分からなかったと思いますが忠実に口のところまでいっぱいに入れました。そこでイエス様は奇跡を顕されて水をぶどう酒に変えられました。「水をくんだ僕たちは知っていた」(9)と記されていますように僕たちはイエス様のしるしを最初に体験したのです。
 私たちは、苦しみや病など、どういう意味があるのか分からないことを体験しますが、イエス様を信じ従っていく時に主のみ業に与ることが出来るのです。

(4)よいぶどう酒。
 イエス様が「よいぶどう酒」を備えて下さったことが記されています(10)。イエス様は、最上のものを与え下さる方なのです。それは私たちの思いや計画と違うものかも知れません。あるいは自分にとって苦しいこと災いに思えるとかも知れません。けれどもそれは最善のものなのです。
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